欲しいのは言葉じゃなくて【剣助×葵】

「はぁ~。火鉢の側って、思っていたよりあったかいんだよねぇ」
 じんわりした温もりを手のひらで受けながら、葵は言葉を漏らす。明治で迎える冬は、文明の利器や防寒具の発達の恩恵を受けて育った葵の身には想像以上に寒いだろう。
「ああ、そうだな。……なあ、アオイ」
 火鉢を挟んで向かいに座っていた剣助は、じっと葵を見つめた。
「どうしたの? スケさん」
 珍しく神妙な面持ちの彼に、怪訝な顔をする。
「お前さ、元の世界に帰りたくないか?」
 脈絡のない問いに葵は、二、三度目を瞬かせてから、小首を傾げた。
「スケさん?」
 剣助は目線を彼女から下方に逸らし、握りしめた自身の拳に留めた。
「今のオレの力、辛うじてお前を帰せるだけは残ってる。だから今を逃すと本当に――」
「それ。本気?」
 最後まで言わせない強い語気に、剣助は顔を上げた。顰められた眉に胸がざわめく。
「スケさん、あの時言ったよね。スケさんの命、全部私にくれるって」
 黒色の大きい瞳が、潤み始めた。
「ああ、だから今が最後――」
「だーかーらー! その時、一緒にいるって、幸せにするって言ったじゃない!」
 きっと剣助を睨む瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙を湛えている。
(どうしてこんな顔をさせているんだ、オレは)
 己の身に残る力が日に日に減っていることを改めて感じ、思わず吐いて出た言葉。だが、彼女の反応を頭の片隅では分かっていたような気もして、自嘲的に笑う。
「悪い。らしくないこと言った。忘れてくれ」
「無理」
 ぷいっと、顔を背けられる。
「少しだけ、気が弱っていたらしい」
 剣助は言葉にするつもりのなかったことを、吐露した。
「こんな心もとない感覚は、初めてなんだ。お前と一緒にいられる時が、これほどまでに幸せなのかって、毎日が満ち足りていて」
「…………」
 葵は背けていた顔を、彼へと戻した。
「……反面、日を追うごとにこの時が失われていっていると思うと、それが怖かった」
「スケさん」
 ぽつりと呟いたかと思うと、葵はスッと立ち上がり、剣助の背後へ回る。何をするのかと多少警戒したその身の首に、腕が回されギュッと抱きつかれた。
「!」
 不意の柔らかさ。そして、じわりと伝わってくる温もり。
 剣助は強張っていた心が、次第に和らいでいくのを感じた。
「ありがとう、アオイ」
「ううん」
 首を振り、返される短い返事は、少し涙の混じる声音。剣助の身体は思考する間も無く、真正面から彼女を見据えて抱きしめた。
「本当にお前は、柔らかくて気持ちがいいな」
「もう、スケさんってば!」
 いつもの反応の彼女に、剣助はいつも以上に安堵し、更に強く愛しいその身を抱きしめ直したのだった。
 

2019年11月10日UP【WEBupに際して修正あり】(初出:2018年10月21日イベント頒布ペーパーにて)

欲しいのは言葉じゃなくて:あとがき

お読み下さり、ありがとうございます! 久しぶりの更新が、一年前のイベントで頒布したペーパーの小噺になりました。WEBにUPしそびれてました。
某診断メーカーのお題「剣葵さんは『欲しいのは言葉じゃなくて』をお題に、140字でSSを書いてください。」を元に作成。明治エンド後のとある冬の日。
幸せ過ぎてかえって不安になる的な、ちょっと弱気の剣助でした。無くはないかな、なんて。

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