「ハッチ、ちゃんと寝てるかな?」
そっと戸を引き中の様子を窺う。掛け布団が微かだが、規則正しく上下するのを見て葵は安心すると、なるべく音を立てないよう室内へ入った。寝ている陽太の額にある手拭いを取ると、すでに冷たさは失っており、葵はそれを枕元に置かれていた桶の水に浸す。
「う……ん」
陽太がゆっくり目を開けた。彷徨わせた視線が葵とぶつかり、
「ひめ…さん?」
低く掠れた声で呟く。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
葵が慌てて謝った。
「ううん。おれっち、姫さんの顔が見られて嬉しい」
張りのない声音と共に、見せる笑顔は弱々しい。葵は思わず陽太の手を握っていた。
「無理しないで」
「姫さんにそんな顔、させてらんねーよ」
「もう、ハッチってば……」
葵は病人に気遣わせてしまったことを悔やむが、気を取り直して微笑み返した。
「……なあ、姫さん。ひとつ、お願いがあるんだけど」
頷く葵に、陽太は躊躇いながら続ける。
「手……」
葵の手を握り返してくる。
「おれっちが眠るまで……このまま、手、繋いでていい?」
「うん」
「ありがと、姫さん。……こうして触れてると、なんだかほっとして……冷たく、て……、気持ち……い……」
最後まで言い終えぬうちに、陽太は寝入ってしまった。
葵は暫く身じろぎもせず彼の様子を窺っていたが、浅い寝息が聞こえ続けるだけで、目を覚ます気配はない。握られていた手の力も、ほぼ失われていた。
葵は少し逡巡するも、慎重に彼の手を離し布団に収める。そして桶に入れたままだった手拭いをきつく絞り、のせようとしてから、ふと思い立つ。
「ハッチの元気な顔が、早く見られますように」
そう呟くと、
──ちゅっ。
まじないでもかけるように、彼の額に軽く唇を落としたのだった。
2017年5月4日UP(初出:2015年4月26日pixivにて)
お読み頂き、ありがとうございます。
葵座フォロワーさんのRTは普通のRTの10倍という言葉をいただき、某診断メーカーで出たお題の一つ、「お見舞い」でふわっと思いついたので書いてみました。
ハッチが寝込むなんて、なかなかなさそうなシチュエーションですが、こういうのもありかな~と。時期は姫さんと呼んでいるお好きな季節でどうぞ。……あ、守杜村より後限定で。