ある日のみよしの【密×葵】

「愛している」
 猿飛密の突然の告白に、水戸葵は眼を見開きしばらく微動だにしなかった。それもそうだろう。彼がまさか、みよしのの店内の、座員はもちろんのこと、くノ一姉妹の乙姫甲姫、オマケに軍人噺家物書きまで揃った宴会の最中に、なんの前触れもなく、愛の告白なるものをしてくるとは、微塵も思っていなかったからだ。
「はっ? えっ? ちょっ、だ、旦那っ!? 急にどう……しちゃったの?」
 密の爆弾発言は葵の心にじわじわ広がりを見せ、語尾の頃には、彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「どうした、とはどういう意味だろうか」
 いつもと変わらぬ抑制された声音と共に、真摯に見つめつづけてくる密。そろそろ視線を外して貰わないと、羞恥と動揺で落ち着かない葵の方が、どうかしかねない。
「どういうって……だって、こんな時に、こんな、みんなが居る前で……」
 しどろもどろながらに言葉を紡ぐ葵。
「嫌、だっただろうか?」
 その声にはほんの少しだが不安さと寂しさが表れており、葵の心は揺さぶられた。
「そんなっ、嫌なわけないよ! だって、旦那が」
 ──ぎゅっ。
 あたりの空気がふわりと動き、続くは力強くも優しい抱擁。
 葵の身体は、密の腕にすっぽり包まれていた。
「ならばよかった。……好きだ」
 そして葵の耳元に響いたのは、優しい愛の囁き。
「だ、んな?」
 葵の思考は先の告白の衝撃から追いついておらず、密からいつもは感じない違和があったが、それが何かを判明させられぬままで、口から発する否定の言葉も弱くなる。
「だっ、だから、そんなこと、なにもこんな時に言わなくてもっ」
「嫌だ。何度でも言う」
 密は抱きしめていた葵の身体を離して両肩を掴むと、彼女の顔を真正面からひたと見据える。
「自分は、貴女を……」
 密の目が閉じられ、葵の顔へゆっくりと近づいて──
「旦那……っ」
 この流れはもしかして……と思う間が、ほんの少しはあっただろう。しかし息を飲んだ葵に襲ってきたのは、予想外の感触であった。
 ──ぽすん。
「!? だ、旦那??」
 密の頭が、葵の胸に倒れこんできたのだ。
「……すー、……すー」
 そして間もなく聞こえてきたのは、規則正しい寝息の音。
「ね、寝ちゃってる……」
 葵は起こさないよう、そっと密の肩を掴んで覗き込む。その寝顔は穏やかで、葵は少しほっとした。しかし、すぐ疑問が頭をよぎる。
「なんだか、らしくないなぁ……」
 人目を憚らない告白に、突然眠ってしまうなど、いつもの密ではあり得ない。更に、近づかれた時に感じた違和の正体がはっきりわかった今、それに対し葵が訝っていると、
「なかなか手強いお人でしたねぇ」
「流石は元忍びだなぁ。あんなにいけるとは思ってなかった」
「かなりアルコォルの強いものを持参したのだが。それを全て開けられてしまうとはね」
「うち、お頭の酔った姿なんて、初めてみたわ……」
 なにやら不審な内容の外野の声が、葵の耳に届いた。
 葵の感じた違和、それは酒の匂いである。普段は飲むことが殆どない密だが、酒に強いとは聞いていた。その彼が眠ってしまうほど酔うとは……。
「……なんで旦那は、こんなになるまで飲んでるの?」
 いや、この場合は酔わされたのではないだろうか。
 そもそも、今晩は何故か宴会が催されてた。葵座は興行を終えた後、決まって行っているが、本日は千秋楽を迎えたどころか、今は休演中なのである。
「そういえば、お祝いとかなんとかって、スケさんが言ってたんだっけ?」
 なんの祝いかはっきり聞く前に、流されるまま参加していたことを、今更思い出す。
「ねえ、スケさん。今日って結局、なんのお祝い──」
 と、葵は旦那を支えたまま、振り向きながら剣助に声を掛けたが、唖然として言葉をなくしてしまった。先ほどまで好き放題言っていた外野陣が、皆、姿を消していたのだ。
「──って、なんで誰もいなくなってるの!?」
 呆然とする葵の腕の中で、旦那が微かに身じろいだ。
「旦那、大丈夫?」
 力なく返事する密の身体は、上半身だけとはいえ酔っているせいもあり、葵にとっては少し重い。
 介抱するにも横たわらせたほうがいいと判断するし、腕を掴んで支えていた彼の体を横たえさせようとする。その時、密の顔が葵の肩口にことん、と倒れてきた。
「葵……好きだ」
 吐息にも似たとても優しい囁き。
 話すのが不得手だという密だが、葵は普段から充分大事にされていると感じていた。そして今、無意識下でも想われているのだとわかり、堪らなく嬉しく思う。
 自然とにんまりしていた葵だが、ふと周りを見回した。本当に誰も居なくなっていることが確認できると、彼の耳元に口を寄せる。
「私も好きだよ、ヒソカ」
 ──ちゅっ。
 そして、密の頬にそっと口づけた。

2015年5月31日UP

ある日のみよしの:あとがき

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
ツイッターで見かけた某診断メーカーで出たお題「嫌だ。何度でも言う」を、一呟きしてみようと言うのが発端で出来たお話です。
呟きにしちゃ、長くなったので掲載してみました。
時期は、猿飛密こと旦那エンド後のある日のみよしの。
旦那はあんまり言葉で言う方じゃないよな〜。こんな積極的っぽく聞こえる台詞を言う場面ってどんなだろう?
と妄想したのはいいのですが、シリアス展開になりかけたので、軽めのお約束路線に堕としました。
宴会が催されていた理由、旦那が断れずに飲まされた理由などは、ご想像にお任せします(無責任)。
考えていなかったわけじゃないんですが、どうにも説明っぽくなってしまったので、まるっとなくしました。
旦那と葵ちゃんの関係も、ほのぼので好きです。ってか、既に熟年夫婦の域だよね(笑)。

◇◆小説へ戻る◆◇

ページトップ