花見【剣助×葵】

「……さん」
「………………」
「……スケさん?」
「う……ん……」
「スケさんってば!」
 肩を軽く揺さ振られ、剣助はゆっくり目を開く。すると、葵が少し見下ろすような形で彼を見ていた。
「ん? ああ、アオイか」
 みよしのの中庭が見渡せる縁。剣助は柱にもたれかかり、居眠りをしていた。
 大きな欠伸と共に、彼は軽く身を起こすと、思い切り伸びをする。
「アオイか、じゃないよ。こんなところにいたんだ」
 まだ半睡状態の剣助に向かって、葵は頬を膨らませながら窘める。
 そんな顔も、彼には愛おしいものでしかなく。柔らかいだろうその頬に触れたくて、思わず手を伸ばすと──
「あ! ちょっと動かないで」
 急にかけられたら声に、剣助は手を止める。
 葵の手は彼の頭上へ伸びていき、わずかに停滞してから彼女の目の前へと戻っていった。
 その指先に摘ままれているのは、薄紅色の小さなもの。
「桜の花びら……?」
「ああ。芝居小屋の裏手に木があるだろう? 時折そこから舞ってくるんだ」
 剣助が目線を庭へ向けた。すると、そのすぐ後だった。
 ──びゅうっ!
「わっ……」
 急に風が吹き込んできて、葵は咄嗟に目を閉じ髪の毛を手で押さえた。
 風はひとしきり吹いた後、ゆっくり収まっていく。
 葵は押さえていた手を離しつつ目を開くと、目の前に広がる光景に息をのんだ。
「……すごい」
 花吹雪とまではいかないが、上空から桜の花びらがひらひらと、庭に舞い降りてきていたのだ。
「満開の桜の元で花見ってのもいいが、たまにはこういうのも悪くないかなと思ってさ」
 葵の驚きに満ちた顔を見上げながら、剣助が声をかける。
 ちらほらと降る雪のごとく幻想的なその光景に、葵は瞳をきらきら輝かせながら見入った。
「うん、こんなお花見、初めて」
 剣助は、そんな葵を微笑ましい気持ちで見つめていると、その視線に気づいたのか、彼女はすっと剣助の顔をのぞき込んできた。
「って、もしかして、これを見るためにここに座ってたの!?」
 半ば呆れた口調で続けた。
「それだけじゃあ、ないんだけどな」
「? じゃあ、お昼寝をしに?」
 小首を傾げる葵に、剣助はにんまりした笑みを浮かべると、手を伸ばして彼女の腕を掴む。
 ──ぐいっ!
「きゃっ!」
 急に引っ張られた葵は体勢を崩してしまい、剣助の胸元に倒れ込んだ。柔らかくて暖かい彼女の身を、剣助はぎゅっと抱きしめる。
「いや、お前に見せられたらな、と思ってた。でも、あんまりに天気が良いからつい、うとうとと」
「ついって……いくら天気が良くても、まだ肌寒いから、ずっと寝てたら風邪を引いちゃうかもしれないのに」
 剣助の胸元に顔を寄せていた葵が、頭をもたげて不満げに零す。
「今は暖かいよ」
 剣助は微笑み、膨れた葵の頬をむにっと掴む。
「もう!」
 剣助の戯れに、葵は更に呆れた。
「ところで、何かあったのか?」
 自分を探していた様子が気になって、剣助は尋ねる。
「え? あ、そうだった」
 一瞬きょとんとした葵だが、すぐさま我に返ると、少し言いにくそうに続けた。
「ちょっとお店まで来て欲しくて呼びに来たの。その、食べて欲しいものがあって……」
「食べて欲しいもの?」
「うん。ほら、スケさん、今日が誕生日……生まれた日だったよね? だから、お祝いにと思って作ったんだ」
 剣助は自分の誕生日に頓着していなかったが、以前葵から尋ねられていたことを思い出した。
「ああ、そういえば」
「と言っても、私が自信を持って作れるのは、お好み焼きしかないんだけどね……」
 葵は苦笑混じりにそうに告げるが、剣助は自分のために料理を奮ってくれるというその気持ちに、彼女への愛おしさが募る。
「オレのために手料理をご馳走してくれるなんて、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
 ──ちゅっ。
 少しでも気持ちを伝えたくて、剣助は彼女の額に軽くくちづける。
「……スケさん。お誕生日おめでとう」
「ありがとう、アオイ」
 はにかみながら祝いの言葉を述べる葵に、剣助は感謝を込めて礼を言う。
 彼女は安堵にも似た笑みを返してくるが、すぐこちらの顔色を窺う視線を送ってきた。
「ってことで、そろそろ起き上がりたいんだけど……」
 葵は剣助の胸に手を着き、身を起こそうとする。しかし、剣助は彼女の腰に腕を回したまま微動だにしないため、葵は身を少しよじるだけで、起き上がることが出来なかった。
「ちょっと、スケさん」
「せっかく、こんなに抱き着心地のいいものが腕の中にあるっていうのに……」
「だ、だけど、お店に用意したままだから……」
 そう言いながらも、葵の抵抗は弱々しい。剣助は親指を葵に唇をそっと這わせて、
「オレとしては、もう少しこのままでいたいんだけど」
 強気のような、それでいて縋るような眼で、葵を真っ直ぐ見つめた。
 金色の眼に射竦められた瞳が、微かに揺らいで閉じられる。
 剣助はその揺らぎの意味を考えながらも、彼女の柔らかな唇にそっと自分のそれを重ねていた。

2014年04月18日UP

花見:あとがき

最後までお読みくださり、ありがとうございます。
4月2日は、座長こと神鳴剣助氏の、誕生日でしたね。おめでとうございます。
例によって、4月2日に書き始めましたが、当然当日に終わることもなく。2週間かかりました。
スマホからでもさほど手間もかからなかったことからpixivに先にUPさせましたが、やっぱりこちらでもUP。
座長自身が自分の誕生日を、桜舞う季節と言っていたので、そんな風景を思い浮かべていただけたらと嬉しく思います。

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