誕生日【七巳×葵】

「曇ってる……」
 縁側にしゃがみ込んでいる葵は、眉間にしわを寄せ空を見上げていた。
「どうしたんだい、双葉葵ちゃん。浮かない顔だけど」
 ちょうど通りかかった剣助が、彼女に声をかけた。
「あ、スケさん。どう見ても曇ってる、よね?」
「ん? ああ、今はそのようだね」
 上を見上げたままの葵に倣い、剣助も隣に座り込むと、同じように空を見る。目の前に広がる空には雲が多く、いい天気とは言い難かった。
「夜までに晴れないかな」
「夜? 何か予定でもあったか?」
 心当たりのない剣助は、聞いてみる。すると葵は、ほんのり頬を染め、少しためらう仕草をしながら口を開いた。
「実は、ナナミを連れてお花見に行くつもりなの。曇ってて月が出なかったらそれが出来ないでしょ?」
「ナナミと花見ねえ。別に今晩じゃなくても良いじゃないか。花だってま──」
「今日じゃないとダメなの! だって、ナナミの誕生日は、今日なんだもん」
「ああ、そうなのか」
 七巳の為にと聞いて面白くない剣助に、少し悪戯心が芽生えた。
「オレが晴れにしてやろうか?」
「スケさんが?」
 葵は信じられないという顔で剣助を見てくる。それに対し、剣助は何も言わずただ微笑み返すと、葵は何か思い出したのか、次第に得心した表情へと変わっていく。予想通りの反応に、剣助は思わずにやけそうになった。
「勿論、ただとはいかないけど」
「私があんまりお金を持ってないの、座長なら知ってるよね」
「別に金が欲しい訳じゃないよ」
 肩から下げている鞄に手をかけていた葵を、剣助はやんわり制した。
「オレと勝負しないか? お前が勝ったら、晴れにしてやろう。オレが勝ったら、そうだな。今度酌でもして貰おうか」
「え? そんなことでいいの?」
 どんな条件を出されると思っていたのか。やけにあっさりした反応の葵に、剣助は拍子抜けする。
「でも、これって賭になるよね」
「まあ、そうなるのかな」
「……」
 葵は少し考え込むと、やがて首を横に振った。
「いつもナナミに止めてって言ってる私が賭事をやるなんて、出来ないよ」
 残念そうな表情の葵を見ていた剣助は、罪悪感に駆られてきたため、戯れは終いにしようと口を開きかけた。
「じょうだ──」
「姫さーん。こんなとこでなにしてんの?」
 陽太が庭に入ってくるなり、葵の姿が視界に入ったのだろう。わき目もふらずに駆け寄ってきた。
「天気が気になって空を見てたの。ハッチは、どうしたの?」
 空を指さしながら葵が答えると、陽太はつられて上を見上げた。
「おれっちも、洗濯しようと思ってたんだけど、雨降られたらやだから止めたとこ。そうだ! 姫さん。これから団子でも食いに行かねーか?」
「ハチ。お前は他にする事があるだろ」
「げっ! ケンスケ。いつからそこに」
 剣助は、たった今自分の存在に気付いたらしい陽太に嘆息する。
「最初から。次の興行、またリンから小言をくらいたいのか?」
 早々に立ち去って貰おうと、剣助は少し脅しを込める。
「ぐっ……。姫さん、団子はまた今度行こーな!」
 淋の小言は余程避けたいものなのだろう。何度か振り返りながら未練がましく去っていく陽太に、剣助は少しだけ同情心が芽生えそうになる。
「ねえスケさん。さっきの今で呆れられるかもしれないけど、晴れにする話って、まだ有効?」
 縋るような目で見つめてくる葵に、剣助は七巳に軽い嫉妬心を覚えるも、にっこり笑みを向けた。
「ああ、勿論」
 剣助は後で陽太に何か奢ってやろうと胸中で思いつつ、今晩の天気の行方を賭ける戯れを、最後まで貫き通すことに決めた。

 ◆ ◇ ◆

「すごい! ほんとに晴れてる」
 空を見上げて感嘆する葵の呟きが引っかかり、七巳は怪訝な目線を向けた。その視線に気づいたのか、葵は慌てて歩を進め先をいく。
「月ってこんなに明るいんだねえ」
 葵が少し斜め後ろに顔を向けながら、嬉しそうに七巳に話しかける。七巳は少し目にかかる前髪の隙間から上を覗こうとしたが、足下の影に目がいった。くっきり写った輪郭から、その明るさが窺える。
「ナナミ、重くない?」
 風呂敷に包んだ酒瓶を手にして歩いている七巳の傍らに寄ると、葵は申し訳無さそうに案じてきた。
「俺のために用意してくれたんだろ。それで十分」
 葵から、生まれた日を祝わせて欲しいと言われた七巳は、正直照れくさかった。だが、彼女が自分の為に何かしてくれることがただ嬉しく、こうして誘われるがままに、夜桜を見るため外に出ているのだった。
「桜って言えば、初めて裏紋と戦ったときのことを思い出すなあ」
 葵が懐かしむように口にする。七巳の脳裏にも、自然とあの時のことが思い出された。
「弓に変化したナナミを使って戦わなくちゃいけなくなって。私、弓なんて持ったことなかったから緊張したよ」
「その割には様になってたよ」
「でも、成敗出来た後、すっごく疲れてたから、花見を楽しむどころじゃなくって、心残りだったんだよね」
「それで夜桜なのか」
「うん。昼間っから飲むのも良いんだろうけど、夜の方が風情あるでしょ? 月も明るいからよく見えそう!」
 にこにことご機嫌な葵の足取りは、今にも駆け出しそうだった。

 二人は、この辺りでは桜で少し名の知れた場所に辿り着いた。
「……えっ!?」
 目の前に並ぶ木々の様相に、葵は立ち尽くす。
「ここならいっぱい咲いてると思ってたのに」
 現状を認めたくない気持ちがあるのか、葵は木に駆け寄ると、花の様子をよく見るため枝を見上げた。七巳も頭上を仰ぎ見るが、満開にはまだ遠く、三分咲きといったところか。
「ナナミ、ごめん。せっかく晴れに出来たのに、桜があんまり咲いてなくって」
 葵は七巳のそばまで寄ってくると、謝りながらしゅんとうなだれた。七巳はその頭にぽんと手を乗せ、優しく撫でる。
「そんなに落ち込むことはないだろう」
「だってこれじゃあ、飲むにしても全然風情ないし……」
「そんなことないさ」
 七巳はそう言いながら少し屈み、葵の首筋を軽く啄んだ。
「ひゃっ!」
 不意の戯れに、葵は驚き後ずさろうとしたが、七巳は既に彼女の腰に腕を回し捕らえていた。
「君という花を愛でながら飲むのも、十分風情を味わえると思うがね」
「なっ、ナナミ!」
 瞬時に頬を染めはにかむ葵を余所に、七巳は続けた。
「あー、それから気になっていたんだが……」
「なに?」
 あどけない表情で小首を傾げる葵の顔に、七巳は顔を寄せ、彼女の目を見つめた。
「晴れになった、じゃなくて、『出来た』と言った訳を、じっくりお聞かせ願いたいのだがねえ? 菩薩殿」
 覗き込んだ葵の瞳の奥が僅かに揺らぎ、彼女は何か言おうとして口を開きかける。
「それは──ん……っ」
 しかし七巳はそれを、自身でも気づかぬうちに遮っていた。

2013年03月30日UP

誕生日:あとがき

お読み下さり、ありがとうございます。
春コミが3/17と七巳の誕生日だったので、お祝いペーパーでも配布できたらな〜と思って書き始めたのですが、見事間に合わず…。
更にどうしても納得いく話に纏まらなくて、友人に相談に乗って貰ったりして書き直ししたら約二週間も過ぎていましたが、何とか完成!
色々突っ込みどころはあると思いますが、少しだけ言い訳させて頂きたいと思います。
個人的に剣助は雷鳴しか呼べないと思っています(それでも凄いと思うけど)ので、葵にわざと天候を操れる風を装い意地悪しました。大人げないです(苦笑)。七巳ルートだと力もあんまり残ってないのにね(笑)。
賭け事をしたことを七巳に白状させられた葵ちゃんのその後は、ご想像にお任せ。
あ、七巳ルートエンド後の3月17日の出来事でした。
他にも沢山言い訳したいことがあったはずなのに、思い出せない…○| ̄|_

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