桜餅【九郎×望美】

「おいしい〜!」
 もぐもぐと口一杯頬張りながら、何とか聞き取れるくらいの声を洩らす望美。
「行儀が悪いぞ」
 九郎が思わず窘めると、望美は慌てて口の中のものをゴクンと飲み込んだ。
「あ、すみません。美味しかったからつい……」
 一応反省の色を見せ、望美は手にしたままの桜餅を再び頬張る。
「……確かに旨いな」
 一口食べ終えてから、九郎も素直な感想を述べた。
「さすが讓くん。菫おばあさんの味に負けてないよ」
「……確か将臣と譲の御婆様の名だったな」
「うん。この季節になるとよく作ってくれていたんだ。今日みたいに天気の良い日にはお花見しながら食べたんです。懐かしいなぁ……」
 望美は思いを馳せるような眼差しで、頭上に咲き誇る桜を仰ぎ見た。

 自宅から遠くない公園の桜は見頃を迎えていた。
 望美が有川家に居候中の九郎を迎えに来たとき、出来たばかりの桜餅を譲が持たせてくれ、公園のベンチで楽しむ運びとなったのだ。

 望美の心はすぐに戻ってきたようだ。持っていた桜餅を口に納めると指先をペロリと一なめし、二個目の桜餅に手をつける。
「もう食べ終えたのか」
 もう少し落ち着いて食べたらどうだと、九郎は呆れ気味に彼女を見やった。
「だってほんとに美味しいんですもん」
 望美は少し拗ねるようにそう呟くと、まだほんのりと温もりの残る桜餅を頬張った。先ほどよりゆっくり味わい飲み込むと、まっすぐ九郎を見つめてくる。
 その眼差しに九郎は少したじろぐが、望美は気にせず一呼吸して口を開いた。
「この周りのもちもちした食感に滑らかなこし餡、そして適度な甘さを引き立てる絶妙な塩加減の桜の葉! 最高の組み合わせの和菓子じゃないですか!」
 声高に主張した望美が満足げににんまりする。そんな望美を九郎は目を見開いて見やったかと思うと、
「──ふふっ……」
 手で口を押さえたのだが、笑い声が思わず声に出てしまった。
「なっ、九郎さんっ!?」
 急に笑う九郎を、望美は戸惑う声を上げつつ目を見開いた。
「──いや、すまん。気を悪くするな」
 零れた笑いを九郎は頭を下げて望美に詫びる。
「…………何かおかしかったですか?」
 望美は頬をうっすら赤く染め、腑に落ちないという顔で九郎を上目遣いで軽く睨んでくる。
「おかしかった訳じゃない」
「え?」
 ますます訳が判らないと望美は眉根を顰めた。
 そんな望美の顔も愛おしくて、九郎は目を少し細めると彼女に笑みを向ける。
「お前のそんな一面を見られたのが、嬉しくてな」
「──っ。そ、そうですか……」
 望美は軽く息をのむと同時に、目を伏せて俯いてしまう。だが、頬は先ほどとは比べものにならないほど真っ赤にして、気でも紛らわすように桜餅を口に頬張った。
 九郎も手にしたままの桜餅の残りを口に収めると、傍らに用意していたペットボトルのお茶で一息ついて、望美を見やる。
「……俺はお前と共に、こうして穏やかな時を過ごせることを、本当に嬉しく思う」
「九郎さん……私も、嬉しいです」
 頬を染めたままにっこりと満面の笑みを向け応えてくれた望美が、九郎は堪らなく愛おしく想えて思わず頬に手を伸ばし、真っ直ぐ彼女を見つめた。
「──っ」
 望美は息を飲み、大きな瞳が少し揺らいで伏せられる。九郎は頬から手を離すと、僅かに湿る軟らかな膨らみに指を滑らせて、優しく口づけをした。
「…………っ、九郎さん……」
 離した唇から零れた自分の名に、九郎は急に恥ずかしが込み上げてきた。
 ──いくら想いの通じ合えた相手とはいえ、何も言わずに俺は今……っ。
 頬が熱を帯びていく感覚に胸がざわついていたたまれなくなり、望美から顔を背けてしまった。
「……ふふっ」
「?」
 望美の含み笑いが理解不能で、九郎は横目で彼女を見やる。
「絶妙な塩加減……でしたね」
「望美っ、お前──」
「もう一つ、食べませんか?」
 望美は照れ隠しなのか、それとも本気なのか……。まだ残っていた桜餅を手に取り、微笑みかけてくる。
 ──ああ、やっぱり。
 こいつには敵わないと九郎は胸中で嘆息した。

2012年3月28日UP(初出:2012年03月11日配布ペーパーにて)

桜餅:あとがき

お読み下さり、ありがとうございます。
せっかくの遙かオンリーなので書下ろしペーパーを作ってみて、それをHPにも掲載。
ペーパーは折紙の千代紙に印刷して配布。うまいこと一枚に収められて自分でびっくりしました。
自分の書いた本『月と桜と』と少しだけリンクしているような…その後っぽい話として書いたので、両思いの二人。バカップルのいちゃいちゃを覗き見ているようで、書いている自分がこっぱずかしかったというか、なんというか…(苦笑)。
という話を相棒のゆうやちゃんに話したら、「今更気づいたの?」と言われました…えぇ、今更です。そっか、私の話ってこっぱずかしかったんだね(苦笑)。
(そういや別の友人にも昔からさんざん「むずがゆい」とか言われてたな…)
あと補足ですが、作品に出てくる桜餅は道明寺を想像して書いています。個人的にはこっちの方が好みなので。
譲は洋菓子だけじゃなく、和菓子もいけると思うんですよね、うん。

◇◆小説へ戻る◆◇

ページトップ