「譲くんって、星座に詳しいんだね」
辺りは当然外灯などなく、遠くから虫の音が微かに聞こえてくる夜。月明かりと、仲間の何人かが明かりを携えているお陰で、何とか道らしき道を歩くことが出来ている温泉の帰り道。
何気ない会話の最中に星座の話になった。夏の星座も色々あるのだろうが、譲は望美より知っていたようだ。先ほどの言葉と共に不意に微笑みかけられ、譲は戸惑う。
「あ、いえ、それほど詳しいわけでもありませんよ。たまたま覚えていただけです」
譲自身それほど知っているわけではなかったので、慌てて弁明した。
「確か小学生の時、学校で習った気がするけど、私は全然覚えてないんだよね……オリオン座くらいならわかるんだけどな」
この季節の夜空では見ることの出来ないだろう星座の名前を呟いて、望美は立ち止まって空を仰いだ。譲もつられて同じ様に立ち止まり顔を上げる。
「この季節にオリオン座は、見えそうにないですね」
自分たちの世界で見るより多く、より輝いている星々だが、その位置においては殆ど相違は無いように見えていた。どうやら冬の星座を夏の夜空で見ることはかなわないようだ。
「だよね。あんなに判りやすい星座なら、すぐ見つけられるよね。真ん中には三つ並んでて」
その場で夜空をぐるっと見回してから数歩先を行き、望美は譲に背を向けた格好で言った。彼女も判っていたのだろう。その声から特に落胆した様子は窺えなかった。だが、続けてすぐに、
「私たちみたいだなって思ってたんだ」
譲に背を向けたまま呟く。
望美の少し物憂げに感じる背中を見つめながら、譲の頭の中は彼女の言った言葉が巡る。
(私たちみたい──か)
──並んだ三つの星。
譲は望美と将臣の一つ年下……たった一年の差だが、ここ数年は昔思っていたより広がっているように感じていた。常に二人の後を追いかけ、しかし追いつくことの出来ない現実。
並んでいるという意識を抱いていなかった譲だったが、望美のそんな発言に少し心が軽くなった。
「でも、今は違う、かな?」
くるりと振り向いて、望美は譲に問いかけた。その質問の意図するところが容易に掴めず返す言葉は出てこない。
「将臣くん……ちょっと遠くにいっちゃったみたいに思えるんだ。見た目とかじゃなくて。あ、変わったとかそういうんじゃないんだけどね……なんか……」
望美の中ではっきりとしたものがあるわけではないのだろうか、要領を得ない言い方だった。
だが、望美の言いたいことは何となくだが譲には感じ取れた。その為、先ほどと違って心は少し重くなる。
「兄さんは、いつもと同じですよ。周りのことなんかお構いなしに、自分で何でも勝手に決めて、進んで……」
「……譲くん──」
望美が何か言い掛けるが、譲はそれを聞かずに続けた。
「俺達より早くこの世界に来てしまったせいもあるでしょうが、それでも兄さんは……先輩の知ってる兄さんですよ」
望美が少し目を見開いて譲を見つめた。それからふふっと笑う。
「そうだね。譲くんも知ってる将臣くん、だよね」
妙にすっきりとした笑顔で、望美が言った。望美を励ますつもりで言った譲だったが、何故だか逆に励まされた気持ちになる。
「でも、将臣くんだけじゃない。並んでるつもりだったけど、いつの間にか先に行ってるよね、譲くんも」
「えっ?」
予想外の望美の発言に、譲は驚きを隠せなかった。まじまじと見つめてくる望美に圧倒されてしまう。
「弓の稽古、頑張ってるでしょ? 戦でも凄く助けられてるし、それだけじゃなくて食事の用意とか他にも色々……私は剣の稽古だけで正直精一杯なのに」
「先輩……」
「でも頑張るよ。私も負けてられないよね!」
拳をぐっと握り、妙に意気込む望美に今度は譲が笑う。
「俺は先輩の方が先に居るように感じてますよ。いつも」
「えぇっ? そうだったの? そんなことないのにな」
(お互いがお互いを先にいる存在と思っていたのなら、それは並んでいることと同じと思っても良いのだろうか……)
譲が胸中でそう考えながら、ぼんやり空を見上げた。星々は変わらず夜空に瞬いていて、自分たちの世界の夜空より遙かに綺麗だ。気づけば傍らにいた望美も、同じように見上げて星を眺めている。
「おい、お前ら! いつまでそんなとこに突っ立ってるんだ。置いてくぞ」
仲間と先へ行っていた将臣が、声をかけてきた。
将臣の呼び掛けに望美は、
「今行くよー」
同じくらいの声量で返事をすると、
「じゃ、行こっか?」
微笑みと同時に、譲の前にすっと差し出される左手。幼い頃と変わらないようなその仕草を複雑に思い、躊躇する。
「どうしたの?」
望美は譲の顔を覗き込みつつ不思議そうな声で聞いてくる。
「い、いえっ、何でもありませんっ」
譲は狼狽えつつ遠慮がちに右手を乗せると、少し豆のあるその手はふわりと譲の手を握ってくる。
そして二人はそのまま小走りで駆け出すと、仲間の元へと向かっていった。
──少しでも彼女の近くで、彼女を守れる存在になれればと。
譲は華奢な、だが少し逞しいその手を僅かに力を込めて握り返す。
ふと目を向けると、寄り添うように走る傍らの望美の頬がほんのり紅く染まっているように見えるのは、今はうっすらと雲を纏い僅かに届く月明かりが見せた幻だろうか──
2010年7月9日UP【HPのみ】
読んで下さってありがとうございます。
七夕の日の朝、せっかくだから何かさらりと読めそうな短めの物をと、思いつきで書きました。七夕…夏の星座…イコール譲! みたいな(苦笑)。
ですが、自分が余りに星座の知識の無さに愕然としまして、結果、こんな話になりました……。しかもこの辺りのイベントの記憶がぼんやりしているという…(ヒドイな、自分)。
おまけにたぶんこの望美って、選択肢[1.でも、私たちの世界とは、違うんじゃないかな(将臣☆☆↑)]を選んでそうだよね……
再プレイも結晶確認もせずに、勢いだけで作った話ですが、ほんのり譲望テイストを感じとっていただければ幸いです。
(そしてこの勢いに無理やり巻き込まれた友人ゆうやちゃんに感謝。私の足りてない頭にアドバイスありがとうっ!)