『雪の傍ら』サンプル【鬼格×葵】

(途中から)
「姫。どうしましたか?」
「あ、カクさん。もう着替えてるなんて早いね。……って、いつから見てたの?」
 葵の背後には、いつの間に来ていたのか、鬼格が立っていた。既に舞台衣装から、普段の着物姿に着替え終えている。
「ええ。姫の声が聞こえたので様子を見に来ました。仲の良さそうなご老人と子どもたちでしたね」
「うん。今のおばあさんの雰囲気が桜おばあちゃん……あ、私のおばあちゃんに似てて、何だか急に思い出しちゃった。あの子達も、弟と妹みたいだったし。あー、みんな元気でやってるのかなぁ」
 葵は、先ほどの家族が去っていったほうを見ながら言った。口調こそ明るかったが、どこか寂しげで、そしてもどかしさのようなものが伴っていた。
 鬼格は葵のこのような姿を見る度に、胸が塞がれる思いを抱く。自分のそばに残ると言ってくれた葵だが、本当に後悔していないと言えるのだろうか。
「…………」
「カクさん。そろそろ中に戻ろっか。今日はみよしので宴会だよね。旦那たちの作るご飯、楽しみだなぁ!」
 葵がくるっと身体を半回転させながら、鬼格の方に向く。その拍子に勢いよく髪の毛が揺れ、髪飾りが引っ張られるようにずれた。
「あっ!」
 鬼格は咄嗟に落ちそうになったそれを掴もうと手を伸ばす──が。
「────っ!」
 葵の髪の毛に触れるか、というところで、その手をぴたりと止めると、すぐさま引っ込めてしまった。
「さっき当たったときに、緩んでたみたい」
 鬼格のその一連の動作に、葵は僅かに顔を顰めた。しかし、すぐに何事もなかったかのように、自ら髪飾りを外して手首に付ける。そして、はらりと広がった髪の毛を軽く手で梳いた。
「あ、降ってきたね」
 葵が顔を上げて空を見上げる。鬼格もつられて見上げると、白く小さな粒がひらりひらりと自らをめがけて舞い降りてきた。
「この様子だと、また積もるのかな。最近、降ってばかりだね」
 言葉の端に混じる小さな不満は、雪に対するものか、それとも別の何かへ向けたものか……。鬼格には判断が付かなかった。
「……姫。お身体を冷やします。早く中に入りましょう」
「うん」
 鬼格は躊躇いながらそう言うと、葵は鬼格を見上げて頷いた。何気ないその仕草一つでさえ、鬼格には嬉しくてたまらなく愛おしい。
 思わず葵の手を引いてしまいそうになったが、なんとか押しとどめ、葵に先に入るよう勧めた。葵が腑に落ちない表情で鬼格を見返すが、渋々中に入っていった。彼女の後ろ姿を目で追い、自らも中に入ろうとしてから、もう一度、空を見上げる。
 どんよりとした雲は、絶え間なく雪を降らし続けていた。

2012年10月7日発行『雪の傍ら』の【鬼格×葵】の一部抜粋です。

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