(途中から)
「それにしても、天気が良くて良かった」
庭に面した縁は屋根で影になっているが、日は出ていた為、明るさは申し分ない。風は時折風鈴を撫で、チリンと涼しげな音色を奏でていく。普段ならもう少し吹いて欲しいところだが、これから行う作業を考えると、ちょうど良いくらいか。
切った髪の毛が首から着物の間に入り込まないよう、手ぬぐいを数枚使ってケープ代わりにしたのだが、長さは補えず、そのせいもあってか、鬼格の姿は少し窮屈そうに見えた。
「じゃあカクさん、はじめに髪、梳かすね」
「はい、姫。……俺の為に、本当にありがとうございます」
礼を言っているのだが、どこか申し訳なさそうも聞こえる鬼格の言葉は、これで何度目か。葵は少し頬を膨らませて言った。
「もう、カクさんってば! ……でも、ほんとにいいの? 私が無理矢理頼んだことで、こんな流れになっちゃったけど……」
「姫が俺の髪の毛を切って下さる……それはまるで夢のようで、俺は今、望外の喜びを感じているのですよ」
鬼格が首を回し後ろの葵を見上げると、にこりと幸せそうな笑みを向けてくる。
「────っ!」
この角度の鬼格の笑みは不意打ちで、葵の心臓はドキリと跳ねた。頬が徐々に熱くなっていくのを感じ、慌てて鬼格の肩に両手を乗せる。
「か、カクさんっ、前向いて! もう、はじめて良いかなっ?」
「はい。それではお願いします」
葵の心中を知ってか知らずか、鬼格の返答は優しい声音だ。
葵は息を整えて櫛を手に取ると、鬼格の後頭部の髪の毛を一房掴んだ。
「うわぁ……、カクさんの髪の毛って、すっごく細くて柔らかい……」
緩い癖のある猫っ毛で、触れているだけで気持ちがいい。葵はゆったりと頭頂部辺りから櫛をいれ、丁寧に梳いていく。
一通り梳き終え、いよいよ実際に髪の毛を切る段階へときてから、今さらながらはたと気づく。
「そういえば、カクさん。何センチくらい切ったらいいのかな?」
「なんせん……ち?」
「あ、えっと……このくらい?」
2012年8月10日発行『微睡』の【鬼格×葵】の一部抜粋です。