【10月 日光】
葵は先ほど誠司と話をした場所まで来ていた。自分一人分の影でも、見られれば少しはすっきりするかもしれないと思ったからだ。
「そんな格好で、外をふらふら歩いていたら、悪い男に捕まっちゃうよ」
着物を濡らしてしまった葵が乾くまで制服を着て、銀座の町を歩いていたことがあった。その時偶然誠司も銀座にいて、一緒に町を散歩したのだ。
「ふふ……、あの時の台詞だね……って!!」
言われてから葵は、寝間着のまま出てきてしまったことに気付いた。人に会うとは思っておらず、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「うわ……制服のときより、こっちの方がずっと恥ずかしい……」
「あの服よりは、ある意味目のやり場に困らないけどね」
「そ、そう?」
慰めになっているのか微妙な誠司のコメントだが、葵は幾分が落ち着きを取り戻した。
「ねえ、セイジ。どうして私の明日が大変だって思ったの?」
「それは……さっきも話したとおり、きみのことを調べていたら、平田の領主のこともわかってね。葵座の人達なら放っておけないと思ったんだ」
「そうなんだ」
葵は誠司から、納得できる返事を貰えて安堵する。
「ねえ、アオイ。きみが今ここに戻ってきたのなら……やっぱり僕は、きみに触れたい」
「ええぇっ!? と、唐突だね、セイジ。でもそれはさっきも言ったとおり──」
「手袋越しなら、どうかな?」
「?」
「少し位なら、我慢出来ると思うんだ。これでも一応軍人だし」
「軍人って……関係あるのかな」
「だから、ね。ダメかな?」
誠司は懇願の眼差しで葵を見つめてくる。眼鏡越しに見える、澄んだ青色の瞳に見据えられて、葵は今まで以上に胸の鼓動が早くなっていくのを感じた。
「…………セイジが、いいなら」
「ありがとう。アオイは本当に、優しいね」
誠司は不安と安堵の入り交じったような顔になり、右手を葵の頬に近づけてくる。
誠司に襲う衝撃を思うと、葵は堪らず目を瞑ってしまった。
軽く指先で突かれるような感触が頬に感じ、続けてすっと優しく包み込むような布の感触が頬を覆った。
2012年5月4日発行『縁』の【誠司×葵】の一部です。
このような小噺を、剣助×葵、鬼格×葵、淋×葵、陽太×葵、七巳×葵の計6本収録しています。