【10月 日光 〜11月日光 門前町】
先日の戦いで双葉葵に入ったヒビ。確かにいつまでも伏せておけることではないと思っている。剣助や鬼格に話せば、何か対応出来る手段を知っているか、もしくは探せるのかも知れない。
だが、淋は他の誰かに言うことに少し躊躇いがあった。
双葉葵にヒビの入った日の夜に、二人で話したこと。
もし双葉葵が壊れて元の時代へ帰れなくなったらという仮定の話。
葵は、帰る方法を探し続ける、と言った。その為に葵座の皆が今も助けてくれているのだからと。
それでもなかったら? という淋は問いに対する葵の返事は、わからないという煮え切らないものだった。
あの時、淋は、彼女を想うなら、思ってはいけないことを思ってしまった。
──葵が帰れなくなるなら、それでもいい……と。
「──はっっくしょんっ!!」
派手なくしゃみが、淋の思考を遮った。
「この雨脚は弱まりそうにないな……」
空を見上げて雲の様子を伺うが、雨はまだしばらく続きそうだ。淋は持っていた傘を葵に持たせ、羽織を脱いだ。
「リン……脱いだら寒くない?」
「お前とは鍛え方が違う。ほら、立て」
立たせた葵の肩に脱いだ羽織を掛けると、彼女の前で後ろ向きにしゃがみ込んだ。
「早く乗れ」
「え? い、いいよ、自分で歩けるし、重いし……」
「バカ! 恥ずかしがってる場合か。お前と一緒に歩いてたら、宿に着く前に日が暮れる。明かりもないのに足場の悪い道を、お前は歩けるのか?」
「うぅ──わかった」
反論することの出来ない葵は、渋々淋の背中におぶさった。
◆ ◇ ◆
流石、元・忍びと言うべきか。
傘を差す葵を背負っていながら、葵自身が走るより早く、安定した走りの淋に、葵は感心していた。
「アオイ、濡れてないか?」
「大丈夫。リンこそ、平気?」
「ああ」
気遣ってくれる淋と、背中から伝わる彼の温もりに、葵の胸には申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちが混ざる。
「そういえば、まだお礼、言ってなかった。迎えに来てくれてありがとう。リンが来てくれなかったら、帰れなかったかも」
「……不安を抱えてたお前を一人にした俺も、悪かったしな……」
2012年5月4日発行『縁』の【淋×葵】の一部です。
このような小噺を、剣助×葵、鬼格×葵、陽太×葵、七巳×葵、誠司×葵の計6本収録しています。