【9月 日光 門前町】
「……やっぱり信頼されてない……ってこと、なのかなぁ」
はあぁ……と、自分の考えに自己嫌悪に落ち、深いため息をついた時──。
「散歩か? アオイ」
「──うわっ!?」
葵は突如背後から掛けられた声に驚き、びくりと身体を震わせた。
すぐさま振り向き相手の顔を見て安堵するが、今度は頬を膨らませ不満の声をあげる。
「もう! スケさんってば、いきなり後ろから声掛けてくるなんて……心臓に悪いよ!」
「悪い悪い。そんなに驚くとは思わなかったんだ。……それより、どうしたんだ?」
剣助はすまなそうな顔で詫びると、眼差しはすぐに気遣うものへと変えて訊ねてくる。
「え? な、何が?」
たった今まで考えていたことを剣助に悟られたのかと、葵は内心でドキリとした。
「何って、そんなに身を小さくしてため息なんかついてさ」
しかしすぐそうでないと判り、内心でほっと胸を撫で下ろすと、剣助を見返した。
「あ、ああ、そ、それはまだ夏気分でいたせいかな。避暑地の朝がこんなに寒いなんて思っていなくて……」
剣助に自己嫌悪のため息を見られていたのかと思うと、葵は情けなくなって俯いてしまう。
「……ふーん。そういえば、今朝はいつもより冷え込んでるみたいだしな」
(──冷え込んでる、みたい?)
葵は剣助の返答が何故かしっくりこなくて、思わず顔を上げて彼を見た。
「……ああ、そっか」
「ん? なんだ?」
「ううん、何でもない」
葵は慌てて首を横に振った。剣助の格好は学ランと外出時に羽織るマントという、普段と変らぬ出立ちだった。
(マントを羽織ってるから、寒くないんだね)
葵は独りで納得しながら頷いた。
そう、いつもと変わらずきっちり上までボタンを留めた詰め襟に、トンビを羽織った──……。
(──あれ……いつも?)
葵の脳裏には再び何かが引っ掛かり、首を傾げて目を伏せその原因を探ろうとしたその時──。
──ふわっ……。
周りの空気が動いたかと思うと、肩を覆うように暖かいものが掛かる。
「えっ!?」
葵が慌てて視線を上げると、愛しさの籠もる眼差しで葵を見つめる剣助と目が合った。
「……これでどうだ?」
2012年5月4日発行『縁』の【剣助×葵】の一部です。
このような小噺を、鬼格×葵、淋×葵、陽太×葵、七巳×葵、誠司×葵の計6本収録しています。